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Tinder冒険ときどきhappn

デミセク&デミロマのXジェンダーで色々とこじらせた20代が出会い系アプリでやらかしたことを記録する

モテないを自称する男は審美眼が実はシビア。:1週間と4日目。

もしかすると、もうすぐ私はTinderを卒業するかもしれない。

コンプレックスまみれの女の体をした人間が Tinder をやってみて良かったことを一度まとめてみる。

 

  1. おおざっぱな恋愛市場における自分の位置がわかる
  2. 男のリアルな目線を学べる
  3. ただのクズ男を見抜けるようになる
  4. 会話・デート etc のトライアンドエラーができる
  5. 友達ができた
  6. コンプレックスを克服した

 

 

自分に対する考察

1番よかったのは、やはりコンプレックスを克服したことだ。

一切、自分の顔や身体に自信がなく、着飾ることもしなかった人間が、社会と折り合いをつけられる限界の服を着て、化粧をして、女ではないが他人の視線を気にする「異性」的な何かになったことは、自分にとって、とても重要な変化だった。

私は「女」というイメージのものになりたくないし、実際いまだってヘドが出るくらい嫌だ。どうしても自分を女だとは思えない。

 

でも、そんな私自身が、自分らしくいても「綺麗」だの「かわいい」だのという言葉を受け取ったことが、社会と適合できず、追放され続けている感覚を手放せなかった自分には、最終的にただセックスをしたいがための言葉であっても純粋に嬉しかった。

はっきり言って、マッチした相手にしたいと思われるだけでも心は癒されたと思う。そんなやさぐれた関係は限りなくごめんだが、誘われるのは一定の度合いで身体に価値が認められたということだ。

つまりこれが恋愛市場における自分のポジションになるわけだが、そこそこまで戦えるとわかったことが社会に帰還できたという肯定感になった。

性的指向がノーマルな自分にとって、諦めていた需要と供給が一致する喜びは計り知れなかった。

(そもそも、THE「女」的な要素を男性陣は求めていないのだろうか?)

 

何よりも大きな失敗と自分を見つめ直すキッカケになったのは1番好みの「顔・身長・体重」そして雰囲気を持った綺麗な人に「会いたい」と言われたことだった。

劣等感のせいで、緊張しすぎて萎縮しすぎて、結局楽しい空気にも幸せな時間にもできなかったことが限りなく悔やまれる。言い訳ばかりで鎧を固めた自分。呆れられて「変えれば良いだけだ」と言われたことはショックだったが、衝撃で目を冷ますには最高のタイミングだった。その通り、変われば良いだけだ。

その後自罰感満載の鬱モードに入り、後味の悪い終わり方で帰った。ずっとポジティブな言葉をかけてくれていたのに、にこりとも喜べなかった。

魅力はコミュニケーションから生まれるのだと反省した。

 

その後、劣等感を過度に押し出さないようその反省を活かしつつ、期待値をあげられても困るのでハードルを落とす程度に落ち着いた。

褒められた時に「そんなの言われたことない、嬉しい」と涙を流す勢いで喜べばサゲワードも結果オーライである。モテまくりで自信のある女を落としたいとは思っても、実際に手を出して成功すると考える男は多くはないと思う。

あきらかに自分に自信のある男性は、同じように相手に自信がある人を狙うから除外で。

 

そして、何より「甘えても良い」ということを、より強烈に許されたことが、人生で最大の癒しだった。甘えさせてくれる人は案外多い。そして「甘え」は喜ばれる。

むしろ、ささいな甘えを許さないような男はクズの可能性が高い。女性を穴の空いた肉体としか見ていないようなやつのメッセージはスルーしたらいい。

 

今まで何をやっても、どんなに頑張っても「ゴミ」「カス」「クズ」でしかなかった、努力不足のダメ人間だと思ってきた。手酷く裏切られたり、他人の失敗をなすりつけられたり、成功も盗まれたり、良いように使い捨てられたり。それでも自分に原因があると、バカを見るのは自己責任だと罵られることもあった。

だから怒られたり指摘されることが過度に怖くもあって、他人にいい顔をしてしまうのだ。変えればいいって言われた時も一瞬死ぬかと思った。

 

だんだんと許されていくたびに素直になれた。甘えるのは何より恐怖だった。

私にとって「甘え=死」と直結していたことが、今まで生きてきて恋人ができたことのない原因だったのだと気がついた。

好きな人と付き合うことは常に絶望のイメージだった。愛していると言われようものなら、その気持ちがあるうちに死んでしまいたい、とさえ思った。

 

でも、やっと認められた。褒められた。愛される感覚を知った。

これでちゃんと、すがすがしく生きていける。

 

 

男が女を「可愛い」と思う時

たぶん、男の人が「かわいらしさ」を感じるのは、甘えられた時だ。

推測でしかないが、ぶりっ子でも、女子力でもなく、どれだけ「自分を求めてくれるか」という部分が「可愛げ」に繋がるのだ。

 

キャバ嬢級に気なんか使えなくてもいい。身だしなみと礼儀、身のこなしを求めるのはお金持ちだけだ。遊び目的なら、成金だったら若いだけでも許される。

 

社会心理学的にも、甘えというのは関係性の発展を促すらしい。つまり「気を許しているのか否か」が関係性を進めても大丈夫だと感じる第1の関門なのではないだろうか。

基本的に人間は頼られたい生き物だ。

 

そして、恥じらっている時もまた、可愛いと感じるようだ。

自分が原因で「照れる」「恥じらう」というのは好意の表れだ。自分なんかに芸能人へ見せるような反応を・・・というのが肯定感をくすぐるのではないだろうか。

女がお姫様扱いをされたいのなら、男もまた王子様として扱われると嬉しいのかもしれない。アイドルは常にニコニコと「あなただけ」への笑顔を向ける。

 

※ここで許される甘えは、心理的、金銭的、物理的、時間的負担の度合いによる。押しつぶすような甘えはただの依存だ。ストレスにさせない、感謝をする、過度に期待をしないことが必須だと思う。

※どこまで許されるのかは個人の経験や器の大きさにもよるので「どこまで愛されているのか」の指標にはならない。

 

 

モテないを自称する男性クラスタ

実際にわりと見た目がかっこいいにも関わらず、誠実な人であっても、数年間、彼女がいないという。

 

私の雑感では、趣味が合わなければ嫌だ、という傾向の強い人が多かった。

また、総じて自己肯定感が低かった。自己肯定感は他人視点のコメントでも弾いてしまうみたいだ。過剰な謙遜なのだろうか?

そして、このクラスタは相手の見た目を気にしないが、それって裏返すと内面を見るということだ。趣味が合うって実は最もハードルが高いのかもしれない。

 

マッチした中で自称モテない組は少なくない。

男が女にモデル級のスタイルを求めないように、女もまた全ての人がジャニーズを求めてはいないんだよ・・・!

イケメンならば嬉しいが、隣に立つ自分が耐えられない。